幸せにしてもらいたい病
たまに、「お前を絶対幸せにする!」 とか、「私を幸せにしてくれる?」 といった台詞を聞きくことがあります。幸せを与えるという側においては、それは喜びですし、幸せにしてもらうというのも、それはそれで喜びです。ただ、幸せにする側とされる側のポジションが全く変わらないままだとしたらそれは本当に喜びを感じ続けることが出来るでしょうか?
不平不満が絶えないHさん。
傍目から見てとても満ち足りた幸せそうな生活をしているHさん。
しかし、実際は不平不満が絶えないようです。何が足りないのでしょう?
Hさんの人生観は?…
… 幸せは与えてもらうもの。
… 自分の力では幸せになれない。
… 人に幸せにしてもらって当然。
… 人の幸せは奪ってでも欲しい。
… 自分が幸せになれば人は不幸になっても構わない。
幸せは共に築くもの。与えてもらうだけで満たされることはないでしょう。与えて返ってくる相互関係だからこそ、喜びが増えるのです。人の欲は際限がありません。ただ与えられるだけの生き方が当たり前になると、もっと欲しくなるのが人間の弱さです。
将来のバートナーと考えている人に対してこのテーマをダウジングすると、とても冷静になれるかもしれません。
最後にこのダウジング(オーリング)例で。
○○○さんは相手の幸せを心から喜べる存在。
戻る 次へ
本書の使い方
※ 本内容は出版を意図して執筆したものをそのまま公開しております。
|